1998年に仕事の関係で渡欧が決まり、中央ヨーロッパに行くことになった。
6月のことだった。
ドイツ、スイス、フランス、オランダを周ったのだが、ドイツのハノーバーを訪問した時に転機が訪れた。
同行したクライアントとともに、ハノーバーの総合エネルギー公社(当時)の本社に行ってミーティングをおこなった。ミーティングルームは、アールデコ調の内装だったが、建物全体は17世紀の大きな馬小屋を活用しており、レンガ作りのクラシックな佇まいの構造だった。
階段を降りたところに、中庭につながる古い大きな窓枠を持った扉があり、その傍らにヤコブセンのアントチェアが置いてあるのに気付いた。
その光景を見た瞬間、ヤコブセンのアントチェアを初めて「モダン」だと感じた。
古式ゆかしき内装とのコントラストから、ヤコブセンの描いた曲線が斬新に映ったのだろう。
北欧のプロダクツを「モダン」だと認識できたのは、これが初めてのことだった。
帰国してほどなく、渋谷のビームスTOKYOに行って、アルテックのアルヴァ・アアルトのダイニングチェアを4脚購入した。
脚部の曲げ木が、家の内装に合うと感じた。また、セゾン美術館のアアルト展を見に行ったのも購入の動機となった。そうはいっても、一種の冒険をしていると内心では感じていた。
それから、OZONEのスカンジナビアコレクションでAXチェアの3シーターを購入した。
訪れたときには、ちょうど新着の商品がたくさん並んでいた。なかでも目をひいたのがAXの3シーターだった。このときは、モダンという感じではなく、野性味のあるクラフト、エスニックな雰囲気さえ感じた。なぜか、胸が異常に高鳴った。
佐藤さんは、私が購入の意思を示すと、「見る目が高い」と言った。私はどういう意味か、分からなかったが、1996年に発刊されて話題になっていた織田憲嗣氏の「デンマークの椅子」のコピーを見せてくれた。
AXチェアがペーター・ヴィッツ&オーラ・ニールセンの作とあり、3シーターの写真が写っていた。写真は、目の前のプロダクツそのままを再現していた。とても驚いた。
それから、新宿のビームスジャパンで、アルテックのアアルトのスツールを2脚購入した。
アルテックのアアルトのプロダクツについては、実はあまり身構えずに、気軽に購入していたが、10年以上経った今でも、バーチの曲げ木を毎日見るたびに不思議な感覚にとらわれる。一体、なぜだろうかと思っていた。
フィンランドとデンマークを何度も訪問しているTALOの山口さんから聞いた話は興味深い。
「デンマーク人のデザイナーは、あるイスの原型ができたあとに、何度もリデザインを繰り返して発展させていくが、アアルトは最初の原型で完結させている。しかも、曲げ木の接合という極めてシンプルな方法ですべて良しとしているのは驚きだ」
織田憲嗣氏の研究によると、同じフィンランド人のイルマリ・タピオヴァアラはリデザインを繰り返すタイプだったようだが、アアルトに関しては、山口さんの言うとおりだと思う。
アアルトのプロダクツを意識したのは、店頭で何度も実物を見たことが大きかったが、もうひとつ要因があった。それは、彼の作品集を見たときに、室内に自作のプロダクツを使っているのを見てとても印象に残ったからだった。
建築家のプロダクツは、建築と一体化して見ると良く理解できる。ミースにしろ、コルビュジエにしろ。
余談になるが、エットーレ・ソットサスの回顧展を見たときに、会場にソットサスが設計した建築物が再現されていて、そのなかに彼独特のデザインのイスやテーブルなどが配置されていた。それまでとても奇異に感じていたソットサスのプロダクツを再認識する契機となった。建築物とプロダクツが、見事に調和していた。驚くべき発見だった。
とにかく、アアルトのプロダクツには不思議な魅力があるのは間違いない。
続く