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知ったかジレッタントのお祭り

ときに偉そうに、ときに悲しげにカルチャーを綴ります

スカンジナビアデザインのこと②

それで、無意識のうちにモダンデザインの家具を探すようになった。当然のことながら、今までの古典的な家具を売り払うことを決めていた。

1997年から、インテリア家具を扱う店をいろいろと回るようになったんだ。

新宿にビームスジャパンが出来たのはこの年だった。迷わずにすぐに訪ねた。

  *ビームスは、設立間もない1977年に訪れて以来、ずっと通っていたから親しみがあったんだ。1977年当時は、現ユナイテッド・アローズの栗野氏や重松氏が店に立っていたのを記憶している。

驚いた。北欧家具がたくさん並んでいた。アルテック、マトソンインターナショナル、PPモブラーなどのプロダクツだった。

実は、アルテックのアアルトのイスについては、1995年だったか?、渋谷にビームスTOKYOが出来た直後に訪れたときに見ているので、初めてではなかった。

けれども、実際のところ、これが「未知との遭遇」となったことは確かだ。

竹房さんという女性の店員が、丁寧に商品の背景を説明していた。竹房さんは、商品知識が豊富で、背景や構造などの説明をしてくれた。

そのうち、クリエイティブディレクターの南雲さんが店頭にも立つようになったので、顔見知りになった。でも、南雲さんの話は、当時の私には難しすぎて、知らないデザイナーや建築家の話がどんどん出てきて、ついていけなかった。マニアック過ぎたんだ。当時の私にとっては。

話が脱線するけれど、商品の背景知識についていえば、それから3年くらい経ったころ(2000年)に、南雲さんは「商品知識はおろか、デザイナーの名前さえ知らずに、無意識に買っていってもらうことが理想」と話すようになった。これについては、柳宗理らが唱えるアノニマスデザインの影響を受けていることに後で気付いた。

それで去年、つまり2010年に、厚木のTALOのオーナーである山口さんと、スカンジナビア家具について談議したことがあって、山口さんは、「今までは、アルニオやヤコブセンなどの偉大なデザイナーというだけで、皆が黙って購入していたが、ここ数年は、そうしたマーケティングが不可能になってきた」と言うんだ。つい最近までまったく売れなかったアアルトのアルテックの年代もののスツール(シャビーな塗装がはがれたようなタイプ)が捌けるようになった。「皆、アアルトをそれほど知っている訳ではないのに」と語るんだ。

同じ年の2010年、Wallpaper創刊者のタイラー・ブリュレのインタビューをビームスのウエブサイトで読んだら、「これからは、商品のバックグラウンドが重要になる」と言っていたんだよ。つまり、商品がどのようなバックグラウンドを持っているか、それを消費者にどうやって説明するか、が大事だというんだ。

ここらへんは、とても興味深いテーマだよね。けれど、ここらへんで止めておく。本題から外れているからね。

とにかく、北欧モダンとの出合いは1997年のことだった。

それで、ここがポイントだ。

「北欧家具の、どこがモダンであるのか」。正直言って良く分からなかった。

ウェグナー、ヤコブセン、アアルト、マットソン。本当に理解するのが難しかった。

「クラフト」という面では理解できたが、「モダン」だと言われても理解できなかった。

カッシーナに行ってコルビュジエのスリングチェアを見たほか、knollのミースやブロイヤーのプロダクツも見たけれど、「モダン」だと感じることができた。

Ozoneスカンジナビアコレクション(1997年当時はデンマークコレクションだったと思うが、記憶が曖昧だ)にも行っみた。ケアホルムの白木のイスなど、珍しいコレクションがたくさんそろっていた。

だが、モダンであることが理解できなかった。

翌年1998年に入ると、ビームスジャパンの売り場担当が、山村さん(現ビームスプレス)に替わった。彼女は新卒のフレッシュマンだった。

何回も通って、1時間ばかり北欧プロダクツを観察していた。理解するためだった。

さすがに、商売っ気のない南雲さんも、「皆、値札を見て、すぐに買って行きますよ」と購入を勧めるようになった。

チャイニーズチェアをはじめとする、PPモブラーのウェグナーの一連のプロダクツが、当時の市価の20%オフになっていたため、価値を知っていて好きな人はすぐに買っていくというわけだった。20%オフは前例がないことだったようだ。

それでも、購入を決めなかった。

何度も言うけれど、理解ができなかったからだ。

まあ、そうは言っても、良い時代だったのか、何回顔を出しても、門前払いという仕打ちは受けなかった。ビジネスライクではなかったんだろうね。きっと。

山村さんは、いろいろと商品を紹介してくれたし、南雲さんも、「この間、アルテックの社長が来て、アアルトのソファの販売が予想以上に好調なことを知って、とても喜んでいた」なんて興味深い話を披露してくれた。

シボネやホテルクラスカのプロデュースを手掛けた、立川裕大さんが当時青山にあったショップiOに勤務していて、店頭で雑談をしたときに、「ビームスが北欧家具をやるとは。やられたという感じだ」と言っていた。立川さんはメディアでも、同じことを言っていた。インテリア業界では、ショッキングなことだったんだろう、きっと。

その直後、立川さんは、ショップiOで、天童木工のブルーノ・マットソンシリーズを扱うようになった。

ショップiOは、もともと、名門家具のカタログが大量に収納されている書棚から、気に入ったものを取り出して閲覧し、定価の10~20%オフでプロダクツを取り寄せられるという画期的なビジネスを展開していた。

そのカタログの中には、フリッツハンセンもあった。立川さんにしてみると、皮肉な結果だったと思う。