知ったかジレッタントのお祭り

ときに偉そうに、ときに悲しげにカルチャーを綴ります

スカンジナビアデザインのこと

「昔はこうだった、ああだった」と言った時から、すべての終わりが始まると考えているから、昔を振り返って語るのは嫌なんだ。

でも最近方々で、無理解から来る誤解が生じてしまって、本当に辟易することが多くなった。

だから、初めてスカンジナビアデザインについて書くことに決めた。

文中の人物は最早私のことなどは覚えていないと思う。けれど、なるべく実名で書くことにしたい。その方が臨場感があるからね。

1997年までの間、私にとっての家具等のインテリアデザインはロココをはじめとする装飾に尽きた。

もちろんビクトリアン調や、アールヌーボーアールデコも理解は可能だった。ただ、ユーゲントスティルやアーツ&クラフトは後になって知った。

1997年というのは実家を新築することを決めた年だ。それで、家具類をすべてそろえる必要が生じたんだ。

建築家が積極的に住宅建築を手掛けだしたのは1999年あたりだったから、建築家と工務店の組み合わせなんて普通の家庭では考えつかない時代だった。だから、自然な流れとしてハウスメーカーを選んだ。

それで、真っ先に購入したのが、クラシック調の年代物の、イギリスの一人掛けソファとイタリアの一人掛けソファだった。イタリアのソファは牛革製で、木彫りの象嵌が施されていた。イギリスのソファは、緑のベロアの生地で、やはり装飾的なプロダクツだった。両方とも猫脚だった。

今でも両方のソファを思い出してみると、「良い品だった」と感じるんだ。

そして、イギリスのアンティークのサイドボードも購入した。これにも装飾が彫られていた。

あとは、アジア家具をアクセントに買った。その当時は、クラシックな家具とアジア・アフリカ家具を合わせるのがヨーロッパのインテリアデザイン雑誌で流行っていた。もちろん、その影響を受けたんだ。

日本には、床の間以外に、室内を装飾=「デコレート」するという文化がないからね。洋風の家を建てたからには、欧米を手本にする以外に方法はない。

日本の住宅文化は、とても簡素だから、装飾という概念はほとんどないんだ。今でも、日本のインテリア雑誌を見ると、文化の壁を感じるよ。いい意味でも、悪い意味でもね。

それはともかく、家が完成してクラシックな家具を据えてみた。とても満足したのを覚えている。

けれど1ヶ月ほどしてから、気付いたんだ。家具に施された古典的な装飾が、室内の簡素な内装から、はく離されていくのを。二つが離れていくのを感じた。結局、まったくマッチしない、と感じるようになったんだ。

どういうことが起こっているのか、自分でも分からなかった。

あとで分かったことだけれど、家を建てたハウスメーカーは、バウハウスの研究家を社内で養成しているうえ、日本の伝統建築と日本のモダン建築を融合させようという意図を持って、モダニズムを再現しようとしていたみたいだった。

1997年は、メンフィスなどのポストモダンの影響が残っていたけれど、ジャスパー・モリソンなどシンプリシティを旨とするデザイナーが台頭していた時代でもあった。

モダニズムの中に装飾家具っていうのは、やはり無理があるんだよ。古典的なアパートメントやメゾネットに、プルーヴェやコルビュジエ、ミース、スタルクという写真は、当時でも見たことがあるけれど、モダニズム建築の中に、装飾家具っていうのは、やはりあり得なかった。

モダニストコルビュジエが「脱装飾」を図ったことは、彼の自伝や評伝を読めば、必ず出てくるし。

まあ、とにかく、とても居心地が悪かったのを覚えている。

気に入った家具に囲まれているのに、気分が優れないっていうのは最悪だったよ。